「えっと・・・でも、明日からヨハンも仕事だし・・・先生も明日早いんだろ?また今度にしよう?」

今日は『トメさん』の話を四時間も聞いて、さすがに耳が痛い。
明日からヨハンも先生も仕事だし、早めに帰ってもらった方が良いだろう。
先生は心なしかまだまだ喋りたそうな感じもしたが、明日の仕事の準備があるらしく帰っていった。







夕方、先生が帰ったので今日の夕食はヨハンとユベルとオレの三人。
なんとなく久しぶりな感じがする。
先生が居ないと寂しい感じもするが、数日前までのオレの殺伐としていた生活を考えると、一緒に食事をする相手がいるだけでも潤いを感じた。
この空間は温か過ぎる・・・。

「十代!十代!!どうしたの?ご飯出来たよ?」

突然、視界にユベルが現れた。
心配そうにオレの顔の前で手を振っている。
驚き、目を見開くと、ユベルも同様に大きな目を見開いた。

「ごめんね、何か考え事でもしてた?」

この温かな空間を身勝手にも続けられないかと、漠然と考えてしまっていた。
だが・・・あまりにもかけ離れた世界。
叶わない夢なんだと自分に言い聞かせる・・・。
そんな事を思って暗い顔で黙り込んでいたから、ユベルを心配させてしまったようだ。
オレは大丈夫だ、と笑ったがそんなオレを見てユベルは頭を振り、心配そうに手を握ってきた。

「心配だよ、十代。ここのトコロ、ずっと寝れていないだろう?何か、怖い事でもあるのかい?」

ユベルの小さな温かい手が、オレの冷えた手を懸命に温めようとしてくれる。
ユベルの優しさが、すごく嬉しい。

「ボクもね、怖い夢とか見て眠れない日とかあるよ。でも、そんな時はヨ・・・ヨハンと一緒に寝れば大丈夫なんだ」

し、仕方なくなんだからね。寝れない時は仕方ないだろ!と言ってテレた様子で頬を赤くするユベル。
なんだかんだいいつつこっそりとヨハンが眠るベッドに潜り込むユベルが容易に想像でき、クスッと笑ってしまった。 クスクスと笑っているオレを見てユベルは少し不貞腐れながら、こう言う。

「十代も、その・・・眠れないんだったらヨハンと一緒に寝れば?ボクだとアイツより安心感を与えられないし・・・。癪だけど、きっと怖いのがどっか行くからさ」
「オレが・・・?ヨハンと・・・?」
「・・・うん。ヨハンにみすみすチャンスをあげるようでホントは嫌なんだけど、十代辛そうだから・・・。元気になる事間違いなしだし・・・、十代」

ユベルの言葉にオレは唸った。
ユベルに他意がない事は分かってる。
でも、一緒に寝る・・・ねぇ・・・。
男と女。
しかもオレはヨハンに好きだと言われている身。
つまりオレをそういう目で見ているって訳で・・・。
ただで済みそうにない予感がする。
ドキドキする胸を押さえ、固まってると声を掛けられた。

「こーら・・・、二人で何コソコソ話してんだよ。オレがいると話せないこと?」

奥の部屋からヨハンが出てきてオレたちの会話にまざってきた。

「ふん!そうだよ!ボクと十代の二人だけの話!ヨハンには秘密なんだから!」
「あぁー何だよ、それ。ずるいぞ!ユベル!オレだって、十代と秘密の話をしたいぜ」

ヨハンとユベルがオレを挟んで、温かい空間はさらに明るさを増す・・・。
ヨハンもユベルもオレを元気付けようとしてくれている。
二人の想いが痛いほど伝わり、ますます心苦しくなった。
オレには、そんな価値ない。
ヨハンとユベルに元気付けてもらえるような人間じゃないんだ。









ヨハンと同居を始めてから十日目の朝。
オレは借りているヨハンの部屋からリビングへ移動すると、今日は既にヨハンが朝食を準備していた。
今日からヨハンは本格的に仕事に復帰するからだろう。
オレを気遣って、ここ何日かずっと傍に居てくれた。

「ヨハン・・・おはよう・・・」

オレの呼び掛けで気付いたヨハンが振り向き、笑顔で応えてくれる。

「あぁ、十代・・・おはよう。早いな」

ユベルはまだ寝ているが、今日はアルバイトがあるという。
じきに起きてくるだろう。
ヨハンもこの後、まもなく仕事へ向かう。
ユベルが起きてくるのをオレたちはリビングでコーヒーを飲んで待つ事にした。

「十代、約束だぞ。オレが仕事に行ってる間に勝手に居なくなったりしないって」

ヨハンが仕事に復帰するにあたって、オレと交わした交換条件に念を押す。


・・・。


ヨハンの気持ちはありがたい。
出来る事なら・・・オレもこの空間に埋もれていたい。


・・・。
・・・・・・。


「おはよー。早いね・・・二人とも・・・はぁふ・・・」

寝惚け眼のユベルが目を擦りながらリビングにやってきた。

「十代、出ていくなんて考え捨ててくれよ」
「ふぇ・・・え!?十代・・・出て行っちゃうの!!?」

ヨハンの言葉に驚いたユベルはオレに駆け寄り、オレの顔を覗き込むようにしながら腕を揺すって確認してくる。

「十代、本当に出て行ってしまうのかい・・・?ねぇ?ボク嫌だよ、十代ここにずっと居てよ」

ユベルの小さな手が・・・懸命にオレの腕を握り締めて、揺する。


・・・。


優し過ぎるヨハンと・・・無邪気なユベル・・・。
この二人と・・・この生活を続けたい。

「ヨハン、ユベル・・・ありがとう。でも、本当に迷惑じゃないのか?」
「ははっ・・・何だよ、改まって・・・。迷惑な筈ないよな、ユベル」
「うん!全然めいわくなんかじゃないよ。ボク、十代の事愛してるんだから」


・・・。


「ありがとう・・・二人とも・・・」
「やったね!じゃあボク、顔洗ってくるね」

『あー良かった』と呟きながらユベルが洗面台へ向かった。
オレはヨハンと二人きりになった今、もう一度確認してみる。

「ヨハン・・・本当にいいのか?」
「なんだよ、水臭いな。何度も言ってるだろ。全然迷惑なんかじゃないって。それに、誘ったのはオレの方なんだから」

ヨハンの屈託のない笑顔・・・。
オレは自分の気持ちに正直に生きたいと強く思った。
でも・・・。